
サッカーファン歴が30年を超えてきた自分でも、忘れることのできない昔の試合はあります。それは1997年のW杯アジア最終予選、国立競技場での日本代表対韓国戦です。その4年前のアジア最終予選は、ロスタイムの同点ゴールでW杯出場を逃した「ドーハの悲劇」だったので、今回こそはW杯に行くところを見ようと、徹夜で並んでチケットを確保しました。
このときの国立競技場は、日本サッカー史上にも残る熱気が漂う試合になりました。国立競技場は席の数よりチケットの枚数の方が多かったのではと思うほど、通路まで人であふれかえったスタンドで、当時リズミカルな応援でファンに知られるようになった「ウルトラスニッポン」のコールが響き渡っていました。
当時の日本代表は、最終予選の途中で帰化が認められた呂比須(ロペス)をいきなりスタメンで起用してきました。これに対し、当時の韓国は3バックマンツーマンの根性サッカーが残っていた頃で、カズに崔英一、呂比須に李敏成をマンツーマンでマークしてきました。その二人の後ろに、当時アジアNo1リベロとして知られていた洪明甫がカバーリングをする手堅い戦い方でした。
先制点は後半、日本に入ります。前の選手にはマンツーマンで自由を奪えた韓国も、ボランチの山口素弘にまではマークをつけられず、その無警戒の裏を突いての侵入からのループシュートでした。このゴールで、ついに日本がW杯に行ける可能性が出ると、誰もが思ったことでしょう。
しかし、この試合を覚えている理由はその後の加茂監督の采配ミスでした。後半も17分近く残して、FWの呂比須を下げてDFの秋田を投入した采配でした。これはスタンドのサポーターも「本当に17分も守り切れるか?」と微妙な雰囲気でした。秋田は高正云をマークせよという投入でしたが、その高正云が交代していたというあり得ないような采配ミスでした。
この交代で受け身に回ってしまった日本は、最後の立て続けの失点で韓国に逆転負けするという、衝撃的な結果が待っていました。この最終予選は、自分の心も激しく揺れた、長い戦いでしたが、今思えばこのときにあまりにも熱くなりすぎて、今の冷静にサッカーを見られる自分から思い出すと恥ずかしい思い出でもあります。