
忘れられない代表戦といえば、負けた試合ですが1997年のW杯最終予選、韓国戦(旧国立競技場)が思い出せます。この記事を書くために、過去の写真から旧国立競技場を探しました。2013年に天皇杯準決勝で行った、最後に行った写真が見つかりました。当時、日本代表は初戦のウズベキスタン戦に勝利、2戦目のUAE戦に引き分け、この3戦目の韓国戦は最終予選突破の分かれ目の試合でした。
当時の国立競技場の雰囲気は今でも印象的です。私は幸運にも座席を確保できましたが、入り切れない観客が通路まであふれ、収容人員を上回る6万人弱の観客で、当時の日本サッカー史上最高の雰囲気でした。ちょうど、Jリーグ平塚(現湘南)に所属していたブラジル人FW呂比須の帰化が承認され、加茂監督はその呂比須をいきなりスタメンで起用してきました。
韓国代表は、当時は3バックマンツーマンの「根性サッカー」のチームでした。ホン・ミョンボをリベロに置いて、崔英一をカズに、李敏成を呂比須にマンツーマンでつけて、さらに中田英寿や名波浩にもマンツーマンをつけて、試合を膠着状態に持ち込んでしまおうとするのが狙いでした。この手には加茂ジャパンは苦戦しますが、マークがついていないボランチの山口の攻撃参加が効いて、意表を突くループシュートで日本が先制します。
この試合を忘れられない理由は、その後の加茂監督の采配ミスです。1点リードを守りに行こうとした加茂監督は、韓国の攻撃的MFの高正云にマークをつける意図で、FWの呂比須を下げてDFの秋田を投入してきました。もっとも、この交代の時点で、高正云はベンチに下がっており、投入された秋田が誰につけばいいか混乱を招いた采配ミスでした。
満員のサポーターも、17分残した時点でのこの交代は「本当に逃げ切れるか?」と微妙な空気が漂っていました。その予感は当たり、左サイドからのクロスに徐正源が頭で合わせて同点とされると、マークする呂比須がいなくなって上がって来られるようになった李敏成が豪快なミドルシュートを突き刺して逆転され、この試合はまさかの1-2で日本の敗戦に終わることになります。
この敗戦でショックを受けた私は、気持ちをなかなか整理できず、次のカザフスタン戦で1-1と引き分けたことで動揺はピークになりました。しかし、今振り返ると、この予選は韓国に勝つことが目的ではなく、予選を通ることが目的です。2位になって、プレーオフを勝てばいいと、今では切り替えられたでしょう。しかし、まだ若かった私は、この敗戦の後しばらく動揺したような、昔の記憶です。