
記憶ネタは、現横浜FCのFW三浦知良(カズ)選手の記憶です。皆さんご存知の通り、53歳の今でも現役という、驚異的な選手寿命の長さを誇ります。カズは15歳で単身ブラジルに渡り、複数のチームを渡り歩きながらも、史上二人目の日本人プロ選手としてプレーします。1990年、「日本代表をW杯に出場させたい」という夢を持って、日本に戻り読売クラブでプレーします。
今でこそ、カズといえば日本代表歴代2位の51得点の方が印象的ですが、当時のカズはスピード型のウイングでした。先日見た、Jリーグ開幕戦のV川崎対横浜M戦のビデオでも、切れ切れの個人技を見せていました。それでも、当時の日本にカズのクロスを受けてゴールを決められるFWがいなかったので、カズはCFにコンバートされて点を取る役割が主体になります。
カズが26歳と全盛期だった、1993年アメリカW杯最終予選は彼の見せ場でした。1勝1分け1敗とギリギリのところに追い詰められていた日本が、「足に魂込めました」と語ったカズのゴールで1-0で韓国を下し、W杯まであと1勝のところまで来ましたが、最後は「ドーハの悲劇」と呼ばれる、ロスタイムのイラクのゴールで引き分けてW杯出場はあとわずかのところで果たせませんでした。
カズで思い出すのは、1994年シーズンに移籍した、セリエAのジェノアもあります。当時、セリエAのEU外外国人枠はわずか2つしかなく、ジェノア側にとっては主力選手になってもらわなければ困るという扱いだったでしょう。開幕戦のACミラン戦でスタメン出場するも負傷交代し、その後はスタメンとベンチを行ったり来たりして、21試合出場1ゴールという結果に終わります。
当時、FWが年間で1点しか取れなかったことで、カズのセリエA挑戦は失敗という見方が多数でした。事実、日本代表に合流する際にも、ジェノア側が招集を止めたことはありませんでした。それだけ、ジェノア側からは評価されていなかった残念な事実ですが、今では「セリエAで21試合出られた」とカズは振り返っています。
30歳で迎えたフランスW杯最終予選では、初戦のウズベキスタン戦で4ゴールと活躍しますが、その後は点が取れなくなり日本代表の苦戦の原因となります。日本代表はW杯に出場したものの、カズ自身は直前合宿で代表を外され、悲願のW杯出場はなりませんでした。それでも、今でもプレーしていることは驚異的です。埼玉スタジアムで「現役カズ」が見られることを楽しみにしています。